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2010年8月7日

設立1周年記念集会での金子先生の記念講演《要旨》を掲載しました

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 5:18 PM

《大阪希望館設立1周年記念集会記念講演要旨》

社会を変革する希望の力

天理大学おやさと研究所教授 金子昭さん 

1.宗教者の「目線の高さ」とは

金子昭先生 宗教者が「大阪希望館」のような支援活動に関わる姿勢について、あるマスコミ関係者の方から「宗教者の目線は高い」と言われたことがあります。私自身は「中途半端な高さの目線」になっているのではないかと思っています。むしろ自分自身を見直せるくらい「もっと高い位置から俯瞰」することが、「徹底した低い地点」の見方にも通じるのではないでしょうか。

 私は高校時代に不登校になり、私立高校から公立高校・夜間高校と高校1年生を3回経験しました。夜間高校に通学していたとき、どんな現実にも二重三重の意味があることに気付きました。「不登校」も「学校恐怖症」「登校拒否」と名前を変え、時代と共に価値観が動いていると実感します。自暴自棄にならなかったのは、心のどこかにに「希望」の2文字があったからだと思います。

 社会変革などの運動にかかわる「立場制(ポジショナリティー)」について、本田哲郎神父は「相手の立場に立つしかない。そこから出発しないと正しい人間関係が出来ないのではないか」と仰っています。他者とかかわることによって自分を確認し、自分の立場を超え、より大きな立場で「つながっていく」ことができるのです。 

 最近の政治家には「対立の図式」を描き、そこに「目に見える敵」を作り出し、その敵をたたくことによって勝ち組になろうとする人が多いように見受けられます。背景にヒーロー待望論があるように思いますが、社会は「対立の図式」から「複雑系」として捉えていく必要があるのではないでしょうか。

2.民衆宗教と「世直し」の力

 民衆宗教と「世直し」の力についてお話します。「民衆」と同じような言葉として「大衆」がありますが意味は異なります。「民衆の力」は希望であり、そこに「(民衆)宗教」があります。その昔、人々はお上に頼らず、自分たちの力で世直しをすべく立ち上がりました。下からせりあがって世直しをした。社会の谷底からせり上がっていくのが希望の力であり、民衆の力であり、それが民衆宗教です。

 大塩平八郎は弱者救済の世直しに立ちあがりました。中山みきは引きこもり後、救済を開始しました。赤沢文治は金光教を開きました。「世直し・改革」は「外側からの改革」か「内側からの改革」か、で分かれます。「外側からの改革」は権力に対して暴力をぶつける「上から目線」の改革であり、「内側からの改革」は権力を内側から変革するものです。「内側からの改革」は静かな共鳴と反響を及ぼしていく民衆宗教が目指す改革であるといえます。中山みきは引きこもり、自分を深く見つめ直し、空高く俯瞰するところから世直しの改革を説きました。「世直し」と「心直し」、社会変革と自己変革をワンセットとして、痛みをばねに、自分を問い返し、「痛みのない社会づくり」にとりくもうとしたのです。

 3.社会を変革する“希望の力”

 人間とは「希望する人homo esperans」(エーリッヒ・フロム)だと言われます。希望と期待は異なります。期待は受身です。希望は自分に対して持ち、能動的に働くものです。自分で自分を疎外したときマイナスの力が働き破壊性を持ちます。マイナスのエネルギーを反転すれば社会変革と結びつけたエネルギーを持つことができ、「深く傷ついた」体験を「希望をより深められた」体験に転化にできます。ここに人間の回復力の強さがあります。

 4.希望としての労働

 「働くというのは、はたはたのものを楽にするから、はたらく」(「稿本教祖伝逸話篇」より)と言われます。しかし。最近では、巨大ネット書店の出現で町の小さな本屋さんは次々つぶれ、一方こうした巨大ネット書店での労働は「1分間に3冊さがす」といわれているが、そのような中で行われている「労働」とはいかなるものか。私は注文して2週間かかっても天理市内の小さな書店に書籍の注文を行うこととしています。「働く」という意味を自らが組み替え、組み直していくことが公正で正義の社会構築につながると思います。

 5.誰もが皆が自分の「人生の勝ち組」に

私は、社会変革のアクションに参加することを宗教者に訴えたいと思っています。「つぶれるものはつぶれても良い」というような、権力の存在や社会の同調圧力に対して無自覚・無抵抗であってはなりません。自己の経営的確立と同時に社会のすべての人にこれを促す。結果として誰もが「人生の勝ち組」になれるような世界を作っていく。そのための自己改革と社会変革こそが必要とされていると思うからです。

《この講演要旨の文責は大阪希望館運営協議会事務局です》

大阪希望館設立1周年記念集会を開催(7/31)

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 5:06 PM

客席1

「大阪希望館」運営協議会は、7月31日(土)午後2時から北区・「大淀コミュニティセンター」において「大阪希望館設立1周年記念集会」を開催し、227人が参加しました。

合田清さん 集会のオープニングは「さすらいのピアノマン」こと合田清さんと自立支援センター職員としてホームレスの就労支援に取り組む傍ら音楽活動も行っている竹内俊浩さんによるミニコンサート。お二人ジョイントによる「レット・イット・ビー」などポップスの演奏の後、合田さんによる「エリーゼのために」などクラシック・ピアノ曲の独奏。最後に演奏されたのは合田さん作曲による「The Water of Blue」。素晴らしい演奏に会場は盛り上がりました。なお、この曲は先ごろリリースされた合田さんのCD「祈り」にも収録されています。

  山田共同代表続いて、山田保夫・運営協議会共同代表が挨拶に立ち、「正規・非正規を問わず働く者の支え合いが一番大切です。私は大阪希望館の取り組みを通じてこの1年、『支え合う』ということを自問自答してきたように感じます。人を支えるというのは大変だけど、そこに支えてもらってもいるという安堵感もあるのが『支え合う』という関係だと気付きました。何事にしろ2年目は1年目には経験しなかった困難に出会う可能性もありますが、その困難ももう一度『支え合う』ことを考えるきっかけとして発展していきたいと思います。参加者の皆さまの引き続くご支援をお願いします」と2年目の決意と支援のお願いを訴えました。

沖野事務局長 次に沖野充彦・運営協議会事務局長が1年間の活動紹介とともに「希望館を巣立った人たちも決して楽な生活が待っているわけではなく、様々な困難に直面しながら頑張っています。希望館はそんな苦労を共有し合い一緒に考えていくことのできる場になっていかなくてはなりません。そのためには地域に関わっていくことが重要です。今年の6月から希望館・大淀寮・大阪市立大学が協働して『おおよど縁パワーネット」という事業を立ち上げました。希望館の利用者と巣立った人たちの支え合いのネットワークを『おおよど』という地域にも生かし、その一方で地域の利用者の皆さん中に彼らの活動と働く場づくりを展望していく、そんな取り組みにも力を注いでいきたいと思っています」と2年目の抱負を語りました。また、利用者とOBを代表して3人の人が希望館との出会い、今の生活と目標について語ると、会場から大きな拍手が湧き上がりました。

 最後に天理大学おやさと研究所教授の金子昭先生による記念講演を受けました(講演要旨については別項目をご参照ください)。

 猛暑の中の集会となりましたが、ご参加いただきました皆さん、本当にありがとうございました。

 なお、当日の会場設営及び撤収につきましては大阪希望館利用者およびOBの皆さんがボランティアで担ってくださいました。ご紹介しお礼申し上げます。ありがとうございました。

2010年7月6日

「大阪希望館」設立1周年記念集会 を開催します(7月31日)

Filed under: お知らせ,スタッフBlog,未分類 — 事務局 @ 11:29 PM

盛夏の折り、皆様にはご健勝でお過ごしのことと思います。

大阪希望館の運営にご協力を頂き心から感謝申し上げます。大阪希望館が運営開始をして1年が経過しました。「大阪を大きなセーフティーネットワークの街」にしていくため、2年度も新たな気持ちで活動を行っていきたいと思います。

つきましては「大阪希望館設立1周年記念集会」を下記のとおり開催します。皆様のご出席をお願いし、ご案内を申し上げます。

◆日 時:2010年7月31日(土)

受付開始   13時30分〜

 開会      14時00分〜

 終了                16時00分 

 ◆場 所:大淀コミュニティセンター

〒531-0074     大阪市北区本庄東3-8-2      電話:06-6372-0213 

 ooyodo

 ◆ 内 容

●ミニコンサート

「さすらいのピアマン・合田清さん & 竹内俊浩さんのミニコンサート」

〜音楽を通じて見える「1すじの希望の光」〜

♪ ミニコンサート演奏者プロフィール♪

さすらいのピアノマン 合田 清 さん

 大阪・西成・通称釜ケ崎。2005年釜ヶ崎の三角公園でバッハの曲を弾いていた1人のピアノマンがいた。合田清は元音楽教室主催者。神戸で教室を開いていたが阪神大震災で全てを失い、流浪の果てにあいりん地域へたどり着く。4年間のホームレス生活で絶望を感じながらも、音楽が与える「生きる力」を再確認し「さすらいのピアノマン」として復活する。2006年にはCD「祈り -The Water of Blue-」をリリース。「ろくな者じゃの会」メンバー。現在は音楽活動を行うかたわら、ホームレスの人々と共に歌うことで再生・自立・希望を促そうと「クリーンランド男声合唱団」の設立に奔走中。「ろくな者じゃの会」の寝袋くばりにも参加している。

竹内俊浩 さん

 浪速のジャクソン・ブラウン「タケソン・ブラウン」としてライブ活動中。自立支援センターでホームレスの人たちの就労支援業務に従事。たまたま西成区民センターで合田さんのピアノを聞き感動、音楽に対する情熱に共鳴する。2006年には「再チャレンジ」テレビ番組に合田さんを紹介する等、合田さんの活動を支援してきた。「クリーンランド男声合唱団」にも参加。

 ●大阪希望館のこの1年の活動報告 活動紹介/利用者の声

  沖野充彦「大阪希望館」運営協議会事務局次長ほか

 ●講演会「社会を変革する希望の力」 

        講師 金子 昭さん(天理大学)

◇ 講演会講師プロフィール ◇

金子 昭 さん

 天理大学おやさと研究所教授。1961年、奈良県天理市生まれ。1989年、慶應義塾大学大学院博士課程修了。哲学博士。1995年、和辻賞(日本倫理学会賞)受賞。主な著作に、『シュバイツアーーその倫理的神秘主義の構造と展開』、『天理人間学総説』、『天理教社会福祉の理論と展開』、『驚異の仏教ボランテイアー台湾の社会参画仏教・慈済会』、『天理経営論総説』、など。

2010年6月27日

NHK「目撃!日本列島」と私たちの支援姿勢の相違について-スタッフ一同の意見をまとめました

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 10:23 PM

NHK「目撃!日本列島」と私たちの支援姿勢の相違について

2010年6月28日

大阪希望館・相談センター スタッフ一同

  6月26日(土)にNHKが関西圏で放映した「目撃!日本列島」で放映された大阪希望館の支援趣旨の表現は、私たちの基本的な支援姿勢と大きく違うものでした。

 タイトルに「お前らを見捨てへん」と出ていること自体、その趣旨が違っていました。私たちは、支援の対象者である、住むところも仕事も失った人たちに対して、彼らがいかにスタッフよりも年が若いとしても「おまえら」というようなえらそうな表現や態度をとったことはなく、あるいは「支援する側」と「される側」の間に存在する壁が、あたかも簡単に乗り越えられるかのような錯覚をして、支援をおこなってきたのでもありません。

  大阪希望館は「誰も社会からこぼれ落とさない」ことを目的に活動する市民のセーフティネットワーク運動です。その中のひとつである「相談センター」は、「誰もホームレスに陥らせない」ことを目的に、その支援対象の中心に「ホームレス状態の若者たち」を置いています。決して「若者自立支援」の中の「若年ホームレス支援」ではありません。ましてや「見捨てない」などと、彼らに対して高みに立った意識で活動をおこなっているのでもありません。

 仕事も住まいも失って、家族に頼るわけにもいかずホームレス状態に追いやられた彼らの絶望や不安に向き合い、彼らがみずから生きづらさを乗り越えて希望を見つけ、社会を生き抜く力を培っていけるよう、ときには下から、ときには横から、ときには親代わりになって、一緒に考え、生きる道を一緒に探していこうというのが、私たちの基本的な姿勢です。

  NHKの番組では、取材対象入居者は彼らの表面だけが取り上げられ、背景や心の葛藤などが描かれない一方で、特定のスタッフがていねいに「指導・教育」している場面ばかりが目立っています。その結果、希望館が、あたかも「人生経験豊かな(立派な)大人」が「未熟(でダメ)な若者」を指導して社会の規律を教え、社会で通用するまでに「たたきあげる」場所であるかのように映ってしまっています。これでは、私たちの支援趣旨とは全く違うものになっていると言うしかありません。

  取材に応じてくれた入居者、巣立っていった卒業者、希望館を応援してくださっている方々には、本当に申し訳ない限りです。

2010年6月19日

励まし合える仲間や応援してくれるスタッフと出会えた-利用者の声vol.2

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 11:49 PM

利用者の声vol.2に文章を寄せていただいたのは、Mさん(28歳)。Mさんは大阪希望館での生活を経て、今は民間会社に就職し、アパートを借りて自立されています。

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私は、地元A県で民間会社に勤めていました。 その頃、母と住んでいたのですが、その当時母も体調が悪く、生活保護を受けたいと言っていました。しばらく日が経ち、母は突然、自宅に帰ってこなくなりました。更に母宛に50万もの取り立ての張り紙が玄関ドアに張られており、それがきっかけで私は会社をやめざるを得なくなったのです。

今まで住んでいた部屋には当然住めなくなり、私は渋々B県で派遣社員として働くことになったのです。しかし、出勤日数があまりにも少なく寮費だけで給与の半分以上もっていかれる上に、派遣会社の社員には遠回しに退職を促され、私は我慢できず派遣会社を飛び出し、叔父のいる大阪へ足を運びました。しかしそこにはもう叔父は住んでおらず、初めてきた大阪という土地で途方にくれました。そのときの手持ちは7千円・・・。

自然と足は梅田の方に向き、ネットカフェへ。ネットカフェのブースで私は自殺サイトをひたすら見ていました。それと並行して「まだやりたいことがいっぱいあったのに・・・。」と思っていたら偶然にもチャレンジネット大阪のページをみつけたのです。それが大阪希望館との出会いでした。

私は今現在この大阪希望館とスタッフの方々に支えてもらった上で、再び人並の生活をさせてもらっています。周りには励まし合える仲間や応援してくれるスタッフがいて、私は大変幸せな環境にいるんだなと実感しています。また、大阪希望館を支援してくださっている方々には本当に感謝しています。 このあたたかい場所の存在を知らない人や、本当にこの場所を必要としている人達の為に、いずれは私もこの大阪希望館が末永く続く様にお手伝いが出来ればと思います。

2010年6月6日

中島岳志さん招き、シンポジウムを開催

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 10:33 PM

中島岳志5月22日、自治労大阪府本部主催の「地方自治研究集会」で、北海道大学准教授の中島岳志さんを講師に招いて、「市民が作るセーフティネット『大阪希望館』」をテーマとした分科会が開催されました。

中島さんは『脱『貧困』の見取り図をどう描くか」をテーマに講演。赤木智弘さんの「希望は、戦争」論や秋葉原事件を読み解く中から、「経済的貧困」が「関係の貧困」に直結する「承認格差社会」が出現していることを指摘。中島さんが尊敬する福田恒存の言葉「なにをしてもよく、なんでもできる状態など、私たちは欲してはいない。ある役を演じなければならず、その役を演じなければ、他に支障が生じ、時間が停滞する-ほしいのは、そういう実感だ」を手がかりに「希望は、包摂!」と、方向付けられました。そして釧路市における生活保護行政の実践や中島さんが中心となって運営されている札幌市発寒商店街での「カフェハチャム」の取り組み、札幌市と協働で取り組む「ビッグ・イシュー」販売活動など豊富な事例を基に、ソーシャルインクルージョンの可能性に脱『貧困』の展望を示唆されました。(中島さんの講演については現在、テープ起こし中です。完成後より詳しく報告させていただく予定です。)

沖野充彦分科会では、中島さんの講演ののち大阪希望館沖野事務局次長やふたりの利用者代表から大阪希望館の活動報告を受け、その後会場の参加者も交えトークセッションを行いました。後半は地域で障害児者とともに生きる取り組みを20年以上にわたって継続しておられるNPO法人「あとからゆっくり」理事の森泰輔さんも加わり、「社会的包摂(ソーシャルインクルージョン)」の重要性を確認できた意義ある分科会となりました。

なお、中島さんは分科会前日の21日、「大阪希望館」の相談センター及び支援居室の見学に訪問してくださり、希望館スタッフや自治労府本部のメンバーと交流を図っていただきました。中島さん、二日間にわたり、ありがとうございました。

相談センターにて相談センターにて

支援居室にて支援居室にて

2010年5月16日

中島岳志さん招き自治労大阪が「大阪希望館」テーマにシンポジウム-5月22日(土)

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 12:59 PM

既に予告していましたように、支援組織の一つである自治労大阪が地方自治研究集会の分科会で、北海道大学の中島岳志さんを招き「大阪希望館」をメインテーマにシンポジウムを開催します。中島さんは、貧困問題に積極的に発言と行動を行っておられ、「大阪希望館」呼びかけ人にもなっていただいています。また、シンポジウムでは沖野事務局次長が希望館の取り組みの経過と意義について講演するとともに、利用者代表の方にも当事者として参加・発言いただきます。

日時 2010年5月22日(土)午前10:00〜午後3:30

場所 PLP会館(地下鉄堺筋線「扇町」駅下車)

http://plp-kaikan.net/

内容 記念講演「脱『貧困』への見取り図をどう描くか」

北海道大学准教授 中島岳志さん

   報告講演①「誰も社会からこぼれ落とさないために-大阪希望館の挑戦」

       大阪希望館事務局次長 沖野充彦さん・利用者代表の皆さん

   《昼食休憩の後、障害者の地域生活についての問題提起も交え相互討論》

※参加希望の方は、自治労大阪政策局まで(担当:山口・松田、℡03-6242-2233)

 

以上

支援必要とする人に「希望館」の存在伝えたい-利用者の声vol.1

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 11:48 AM

「大阪希望館だより」創刊号に設立当時の利用者で、今は生活保護を受給しながら病気治療と自立に向けた準備に取り組んでいる原田憲次さん(仮名)が「利用者の声」を寄せておられます。当事者の貴重な声ですので、ご本人の了解を得て、ブログにも掲載させていただきます。

今後、こうした利用者の皆さんの声も、できる限りこのブログで伝えていきたいと思います。

 

支援必要とする人に「希望館」の存在伝えたい

原田憲次(仮名)

 私は、派遣社員として、滋賀県で働いていました。派遣先で正規雇用をすると云われて、でも今住んでいる所は、派遣先が借りてる所で、出ていくか、そこを個人で借りなければならなくて、個人で借りると、最初にまとまった金額が必要で、自分にはそのお金を用意することができない為、辞めるしかなかった。

 そして大阪に出てきて、最初は少しのお金があったので、ホテルとか泊っていたけど職がみつからなくて、そのお金もなくなり、公園でぼうっとして、2日間野宿をする事になり、その2日間は、絶望と生きていく望みを失い、なにも考えることが出来ない状態でした。

 でも昼間に公園の広場を見ていて、人が遊んだり散歩したり、笑い声を聞いた時、ふっと思いました。こんな事では、いけないと、最後の力を振り絞って、近くの交番に行き相談をしました。今考えたら警察に行っても、犯罪を犯した訳でもないのに、その時は夢中だったんで、わらにもすがる思いで駆け込みました。交番で、西成にいけばいくらでも仕事があるから、行ってみたらどうだと云われて、西成へ行きました、でも、西成にいっても、どうしていいかわからず、途方にくれていた時に、通りかかった青年に、NPO釜ヶ崎支援機構に相談に行くようにいわれ、夜だったから明日行こうと思いました、その日は路上で一夜を過ごしました。

 翌朝、釜ヶ崎支援機構を訪ね、職員に案内されて支援員の方と会う事ができました、相談の結果4日間宿所を提供してもらい、大阪希望館へ入所する事ができました。支援居室へ住民票を移して、雇用保険の受給申請をするとともに、職業訓練の申し込みをしました、職業訓練が始まるまでの間、淀川清掃作業をしながら、体調を整えました。

 職業訓練を行っている間に、西成に住むところを決め、現在体の治療をしながら、生活保護をもらっています。

 自分はこうして相談できる場所にたどり着けたけど、まだまだ世の中には、そこまでにたどり着いていない人が、たくさんいると思います。そのためこういう支援、または相談できる所があるということを、世の中の人に知ってもらいたい。そのためには、自分たちが、支援集会で、体験したことを、発表して多くの来場の方に訴えて、行きたいと思います。

 もうひとつ、伝えたい事があります、途方にくれている時に、通りかかった青年に声をかけられた様に、自分もそのように、声をかけて行こうと思います。

2010年4月25日

河川敷でバーベキュー大会-4月の利用者の集い

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 1:18 PM

バーべキュウ風景

4月17日のお昼。昨夜の雨が嘘のようにあがり、気持ちのいい春の淀川河川敷。桜の花もこの日を待っていてくれたように、少しばかりですが薄紅の花弁を残してくれています。4月の「大阪希望館」利用者の集いは沖野事務局次長の“勇断”で河川敷での贅沢なバーベキュー大会となりました。ただし、禁酒は厳守!!ボランティアで参加のブログ担当オジサンとしてはちょいとさびしかったものの、参加者の盛り上がりでそんな思いもすぐどこかへ。網で焼く焼き肉は油が程よく落ちて絶品。調理を仕切ったスタッフの分林さんと渡辺さんは、炭火で顔を真っ赤にしながら肉、鶏、野菜、鉄板で豚キムチ焼もどんどん調理。

腕相撲おなかがいっぱいになったところで、キャッチボールを楽しむ人、芝生に腰掛けて語り合う人、なおもひたすら食べる人…。ブログ担当オジサンはレンタカー店で働きながら自立を果たしたOBメンバーの苦労話を教えてもらいながら、まだ食べていました。それにしても彼はよく頑張っています。そのうちどうしたわけか「腕相撲大会」が始まり、力比べ。巨漢を誇るメンバーが圧倒的強さを示しました。彼は今、福祉の仕事を目指してヘルパーの資格取得に挑戦中。「気は優しくて力持ち」そのままの人柄。きっと頼りになる福祉のプロになってくれることでしょう。

シュークリーム一息ついたところで、新しいメンバーも含めて自己紹介と近況報告。いつもよりみんなの声が大きく、笑い声も多い。やっぱり青空のもとで気持ちも前向きになれるみたい。自立して頑張っているOBメンバーのひとりは「スタッフの人たちには言えない悩みもあると思う。そんな時は同じ経験をしたOBにも相談してほしい。自分も希望館のおかげで自立して、何か恩返しがしたいと思っている。今のメンバーの相談に乗ることが今の自分にできる恩返しだと思う」とあいさつ。とても感動的でした。そのあとはデザートタイム。イチゴや飛び入り参加してくれたNHKディレクターの方がお土産に持ってきてくれた“超高級”シュークリーム、プリン、ゼリーなどをごちそうになった後、「来た時よりも美しく!!」ときれいに片づけて、4月の「利用者の集い」は終了しました。

片づけ

2010年4月15日

「大阪希望館」上演される

Filed under: お知らせ,スタッフBlog — 事務局 @ 12:03 PM

去る4月10日・11日にワッハホールにおいて、あんがいおまる一座・ごくらくとんぼ一座合同公演「大阪希望館」が上演されました。

今回の公演では、おんがいおまるさんのご好意で、私たちの「大阪希望館」利用者の皆さんもみんなで鑑賞させていただきました。また、私たちが斡旋させていただいたチケット販売代金の全額を希望館にご寄付いただくとともに、観客の皆さんにパンフレットを配布いただくなど、多大なご支援をいただきました。心からお礼申し上げます。

さすが「名作」の誉れ高い作品だけあって、コミカルに始まったお芝居が終盤には感動的に盛り上がり、戦争はあかん!!というメッセージが強く心を打ちました。

15年間にわたって上演されたあんがいおまる一座による「大阪希望館」は今回で終演とのこと。あんがいおまるさん、脚本の綾羽一紀先生、劇団員の皆様、本当にお疲れ様でした。そしてありがとうございました。以下にパンフレットにあったおまるさんのあいさつ文を再掲させていただきます。

* * * * * * * *

 五年前、戦後六十年をもって、この、難波利三先生の名作「大阪希望館」に、いったん終止符を打った。百回近い舞台を多くの方が見てくださった。それなのにまた平成二十二年、再演を決めたのはなぜか。

 戦後、希望を胸に、学び、働き、子を育て、豊かになったはずの絶頂にいた私たちは、十数年前、一気に谷底へ落ちた。そこでますますお金が中心となり、お金によってモノゴトを判断する人々が増えた。そして、仕事がなくなり、住む家のない人も増えた。まるで戦後のような…。

 当然、戦後の状況とは今は、表面は似ていても、質は異なる。しかし、私たちは、それを「希望」と「やさしさ」をもって克服しなければならない。これは戦後も今も同じだ。

 そこで今一度、昭和二十年に思いをおこし、現代を見直し、「希望」と「やさしさ」を取り戻したい。それが今回の再演の理由である。

 再演にあたり、多くの方のご協力に感謝し、大阪市に生まれた現代の「大阪希望館」が一人ひとりの心の灯となることを願ってやまない。

あんがいおまる

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